遺言が無効とならないために
1.遺言を遺す意味
今日、「終活」の一環として遺言を遺す人が増えています。
遺言とは、自分の死後に、自分が所有していた財産を誰に、どれだけ相続させるかを書面に残しておくものです。これによって、生前、自分が自分の財産を自由に処分できるのと同様に、自分の死後における財産の処分についても、意思(遺志)を反映させることが可能となります。
また、これによって、自分の死後に、財産を巡って相続人間で相続争いが生じることも回避できます。
ちなみに、遺言を遺さなかった場合には、自分が死んだ後の財産は、民法が定める法定相続分に従って相続され、最終的には相続人全員による遺産分割協議によって、誰がどの財産を取得するかを決定することになります。その中で、具体的な財産の帰属を巡って、相続人間で対立が生じて、相続争いに発展する場面によく遭遇します。
これに対して、遺言を遺すことで、遺言者は法定相続分とは異なる割合で相続割合を指定することもできますし、法定相続人以外の人に財産を遺す(これを「遺贈」といいます。)こともできますし、更に、具体的に自宅は妻に、株券は長男に、別荘は次男に、といった形で具体的な財産を誰に取得させるかを指定することもできます。
2.遺言の種類
遺言は、法律(民法)の定めた方式によって行わなければ効力が認められません。
民法は普通の方式の遺言として、自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言の3種類を定めています。
この他に、死亡の危急に迫った者の遺言、伝染病隔離者の遺言、在船者の遺言、船舶遭難者の遺言といった特別の方式による遺言が認められています。ただ、これらの特別の方式による遺言は一般的ではないので、ここでは考えないことにします。
- 自筆証書遺言は、その名の通り、遺言を書く人が自筆で遺言を作成する方法です。特別な手続は必要ではなく、遺言者が自分1人で行うことができます。
- 公正証書遺言は、公証人に依頼して作成するものです。この場合は、公証人に対して遺言の内容を伝えて、これを公証人が公正証書として作成します。この場合、遺言の原本は公証役場で保管されることになります。
- 秘密証書遺言は、遺言の本文は本人が自筆またはパソコン等で作成したうえで自書で署名して封印し、かつ、これを公証人に証明してもらう方式で作成する遺言です。
公正証書遺言や秘密証書遺言は、その作成に公証人に関与してもらわなければならないため、手続きの費用がかかるのに対して、自筆証書遺言は遺言を行う本人が単独で、費用を掛けずに作成できることから、現在、最も利用されています。
ただ、一方で、自筆証書遺言は、公証人のような第三者によってその作成が確認されるものではないため、それが法定の要件を満たしていないとして、無効とされる例も数多く拝見してきました。そこで、以下では、自筆証書遺言について、法律が定める要件を確認するとともに、現実に無効とされる事例や、問題となる事例について見ていきます。
3.自筆証書遺言
(1)自筆証書遺言の書き方
自筆証書遺言の書き方で注意すべき点をまとめると、以下のとおりです。
- 遺言者は、遺言の全文、日付、氏名を自書し、これに押印しなければならない。
- 財産目録を遺言に添付する場合において、財産目録をパソコン等で作成した場合には、その財産目録の全ページに自書による署名と押印をしなければならない。
- 遺言を訂正するときは、変更する箇所を指定して変更した旨を付記すると共に、訂正印を押さなければ訂正の効力が認められない。
具体的に見ていきましょう。
①遺言本文
自筆証書遺言というくらいですから、まず、遺言の本文は全て、遺言者が自筆で書かなければなりません。パソコンやワープロで遺言の本文を作成することはできません。
遺言の本文を自筆で書いたら、遺言者本人が遺言を書いた日付を記入し、かつ、自分の氏名を自筆で署名し、かつ、押印する必要があります。
②財産目録
遺言によって処分等する財産については、遺言の中にそのまま記入しても構いませんが、遺言とは別に財産目録という形で遺言に添付することもできます。
自筆証書遺言の本文に対象財産を書くときは、当然、それについても自筆で書く必要があります。
一方、遺言の本文とは別に財産目録という形で財産のみを記載した書面を作り、これを遺言に添付する場合には、財産目録のみはパソコンなどで作成して、これを印刷して遺言に添付することが認められています。
この場合は、財産目録の各ページに遺言者が自筆で署名したうえで、押印をしなければなりません。
※ 従来は、自筆証書遺言の場合には財産目録等も自筆で作成することが必要とされていました。しかし、今般の民法改正によって、財産目録に限ってはパソコン等で作成することが認められました。
③一度作成した自筆証書遺言を訂正する方法も法律で定められています。
具体的には、訂正により抹消する部分があるときは、その箇所を二重線で消します(この際、訂正前の文章が判読できるようにしておく必要があり、元の文章が読めない状態に消してしまってはいけません。)。
次に、書き加える文言を、縦書きの場合は訂正箇所の左側に、横書きの場合は訂正箇所の上に記入します。
そして、その箇所に訂正印を押印します。
更に、その行の欄外に、訂正した箇所を明記して「●行目、●字削除●字加入」という形で、修正した旨を明記し、遺言者が氏名を自書します。
間違っても、訂正する箇所を塗りつぶしたり、修正液などで修正したりしてはなりません。その場合、遺言自体が無効とされる可能性があります。
(2)遺言に厳格な方式が定められている理由
遺言の作成について、法律がこのような厳格な方式を定めている理由は、遺言が効力を発生するのは、遺言を書いた人が亡くなった後だからという、遺言の特殊性にあります。
例えば、契約書などのように、当事者が生きている間に効力が生じる書面については、その内容が真実であるか否か、また、それが本当に本人によって作成されたものかどうかは、最終的に本人に確認することができます。
しかし、遺言の場合には、遺言が効力を発生したときには、遺言の作成者は既に亡くなっているため、遺言者に真意を確認することができません。そこで、民法は、遺言について厳格な様式を定め、その方式に従ってなされた遺言のみを遺言者の遺志が表示されたものとして取り扱うことによって、遺言者の意思を担保しようとしました。その結果、この様式に従わない遺言は無効としたのです。
4.自筆証書遺言の無効が問題となる場合
現実に、自筆証書遺言が無効となるのではないかが問題となる場合を見ていきます。
(1)日付
①遺言にその作成日が記載されていない場合
自筆証書遺言の作成方法として、日付の記入が要求されています。従って、日付の記載がない場合には自筆証書遺言は無効とされます。
なお、自筆証書遺言に作成日の記載を必要としたのは、以下の理由によります。
- 遺言を作成するには遺言者が15歳以上であること、および、適正な判断能力があることが必要とされることから、遺言がいつ作成されたかは、遺言の有効性を判断する上で重要であること。
- 遺言が複数作成された場合、後から作成されたものの効力が優先するため、遺言がいつ作成されたかは、複数の遺言がある場合に、いずれが有効かを判断する上で必要であること。
②「3月吉日」というように具体的な日付ではなく「吉日」表示がなされている場合
「吉日」という表記では、具体的な作成日が特定できないため、作成日の記載があるとは認められません。従って、係る自筆証書遺言は、日付の記載がないものとして無効となります。
③日付印を押印した場合
日付を自書するのではなく、日付のスタンプを押すなどして表示した場合は、「日付を自書」したものとは言えないため、自筆証書遺言としての要件を満たさないことになってしまい、遺言は無効となります。
④実際にない日付
閏年ではないのに2月29日を作成日とした遺言や、2月、4月、6月、9月、11月の31日を日付として記載するなど、実際には存在しない日を作成日とする遺言は、それが明らかな誤記と分かる場合には日付の記載があるものとして有効とされています。上記の例は、それぞれの月の末日を示したものとして有効と考えられます。
⑤「80歳の誕生日」「還暦の日」といった表示
これらの表記は、遺言者の生年月日から、具体的な作成日を特定することができるため、日付の記載があるものと認められています。
(2)押印
①押印がない場合
自筆証書遺言の要件として、その全文、日付、氏名の自書と共に、「印を押す」ことを定めています。従って、遺言に押印がない場合は、その自筆証書遺言は要件を欠くものとして無効となります。
②認め印、シャチハタ印、拇印による場合
遺言に押印する印については、基本的に制限はありません。実印である必要はなく、認め印、シャチハタ、拇印でも遺言は有効とされています。
③契印がない場合
遺言が複数ページにわたる場合において、それらを綴じる必要があるか、また、契印を押す必要があるかという点も問題になります。
民法は、自筆証書遺言の書き方として押印を求めているだけで、複数ページにわたる場合に綴じなければならないとか、契印を押さなければならないとは定めていません。従って、「法律的」には、綴じられていなくて、また、契印がなくても遺言としての有効性には問題がありません。
但し、現実問題としては、その場合に一部のページが破棄されたのではないかとか、偽造されて差し替えられたのではないか、といったことが相続人間で問題とされる可能性は否定できません。実際に、それが裁判で争われた事例もあります。その結果、遺言がかえって相続争いの原因になってしまう可能性も否定できません。
ですから、実際に遺言を作成する際には、遺言が複数ページにわたる場合には、きちんと綴じ込んで、かつ、各ページの継ぎ目に契印を押印することが、相続争いを回避する上では好ましいといえます。
(3)氏名
①氏名がスタンプの場合
氏名は必ず「自書」することが求められていますので、スタンプ印などによる表示がなされた遺言は無効とされます。
②芸名等の表示
氏名の表記は、必ずしも、本名である必要はないとされています。例えば、芸名やペンネーム、通り名など、本人を特定できる表記であれば、遺言として有効とされています。
但し、それが誰のものであるかが判断できないものである場合には、その効力が認められない、または、その有効性について争いとなる可能性が否定できません。
(4)自書
①パソコン、ワープロなどによる場合
自筆証書遺言は、遺言の全文を自書することが必要ですので、遺言の本文が自書以外の方法で記載されている場合は、自筆証書遺言としては無効となります。
②代筆・添え手による場合
他人が代筆した遺言も、遺言者本人が「自書」したものではないため、自筆証書遺言としては認められません。
また、代筆ではなく、他人が補助して作成した場合(本人が遺言を書く際に、他人が手を添えていた場合)も、自書性が問題になるとして、原則として無効とされています。
但し、例外的に、以下の要件を満たす場合に限り、添え手による遺言も自筆証書遺言として有効とされました(最判昭和62年10月8日民集41巻7号27頁)。
- 遺言者が遺言作成時に自書能力を有していたこと
- 他人の添え手が、単に始筆、改行、文字間隔、行間を整えるための遺言者の手を用紙の正しい位置に導くに留まるか又は、遺言者の手の動きが遺言者の望みに任されており、遺言者は添え手をした他人から単に筆記を容易にするための支えを借りただけであること
- 添え手をした他人の意思が介入した形跡がないことが、筆跡の上で判定できること
ただ、これらの要件は非常に厳格であり、現実的に、添え手がされた遺言が自筆証書遺言として有効と認められることは、非常に難しいと考えるべきでしょう。
④訂正の不備
遺言の訂正が民法に従った形でなされなかった場合については、遺言自体が無効となるのではなく、訂正はなされなかったものとして扱われます
(5)その他
上記以外で、自筆証書遺言が無効とされる事例として、共同遺言があります。
これは、複数の人が同一の証書で遺言をすることですが、このような共同遺言は禁止されており、これに違反した共同遺言は無効とされています。
但し、ここでいう共同遺言とは、1枚の遺言の書面に、複数の人の遺言が記載されている場合をいい、それぞれの人が遺言を作成し、それを1個の封筒に保管していただけという場合には、共同遺言にはあたりません。
5.まとめ
自筆証書遺言は、遺言者が単独で作成することができ、かつ、特別の費用もかからないことから、これから、ますます利用が増えていくことが予想されます。
ただ、折角、遺言を作成したのにその形式的な要件の不備などから、遺言が無効とされたり、無効とされないまでもその有効性を巡って相続人間でかえってトラブルになったりしては、元も子もありません。
自筆証書遺言を作成する場合には、必ず専門家に相談してチェックしてもらうようにしましょう。