ケースで学ぶ困難な相続登記
1.基本的な相続登記
ある一家のお父さんが亡くなられた場合、お母さんが存命であればお母さんとお子様が相続人になります。お父さん名義の不動産が相続財産としてある場合に、お母さん名義にしたい場合にはお母さんとお子さんで話し合いをして(「遺産分割協議」)お母さん名義に相続登記をすることにより、変更できます。このような場合でも、お子様同士の関係性が悪く、話し合いができないような場合は別ですが、基本的にはスムーズに手続きが進んでいくことが多いです。
2.予期せぬ相続人が現れた場合
相続登記を準備する際に、亡くなられた方(被相続人)の出生から死亡までの戸籍をすべて取得して相続人を確定すべく調査する必要があるのですが、その過程で、ごく稀に知らない相続人が判明することがあります。私が携わった中には、以下のようなケースがありました。
お父さんがお亡くなりになられて、お母さんとお子さんが相談に来られました。一緒に相談に来られていますから、お2人の関係性が悪いということもなくスムーズに相続登記手続きが進むものと考えていました。ところが、戸籍を調査していく中で、あることがわかったのです。お父さんはお母さんと再婚して、お子様ができたというのは聞いていましたが、お父さんは前の奥さんとの間にお子さんがいることを隠してお母さんと結婚したことがわかったのです。つまり、前妻とのお子さんも相続人となりますから、何とか連絡を取り付けなければ、相続登記が進まないということが判明しました。とはいえ、戸籍には住所は記載されていませんから、戸籍を見ても前妻とのお子さんが現在どこにお住まいかはわかりません。この場合には、そのお子さんの現在の戸籍まで取り寄せ、その本籍地の役所に対して「戸籍の附票」を請求します。すると、その本籍地にいる間の住所地が記載されてきますから、現住所が載っているというわけです。そこで、その住所地あてにお手紙を書いていただくようにお願いしました。内容は、父が亡くなり、父が名義人になっている不動産の名義変更をしたのですが、ご協力いただけないでしょうか、といった内容です。そのお手紙の中に電話番号を記載して、直接お話ししていただく形にしました。お電話があった時に、詳しくお話して相続分割合の金額をお渡しするので、不動産の名義は譲っていただけませんか、という話のもっていき方をしました。そのケースは、その前妻とのお子さんが評価額の金額をお渡しすることで快く応じてくださいましたので、そのまま無事に相続登記手続きを完了することができました。しかし、このように応じてもらえる方ばかりではなく、亡くなられた方とお子さんの間に遺恨があったりするような場合には、お手紙を書いても返事はなく、相続登記ができない場合もあります。そのような場合には、調停(裁判所を通じた話し合い)を検討する必要もあるとは思いますが、なかなかスムーズにはいかないかと思います。
そのようなケースでは、生前に遺言を残しておくことが最適な対策といえるでしょう。
3.相続財産である不動産が価値のないものであった場合
不動産は一定の価値のあるものというイメージがあるかと思いますが、山林や田畑などは場合によっては、数百円、数千円の価値しかなく、相続登記をするだけでマイナスになることがあります。田畑は、宅地に転用して有効活用したり、売買することにより利益を生むこともできるのですが、農業委員会を経由して、県知事の許可を得た後、表示登記(土地の種別を「田」から「宅地」に変更する手続き)が必要になるため、簡単にはできないというのが現状ではないかと思います。
これまでは、権利の登記(相続登記や売買、贈与の名義変更等)は、義務ではなく、放っておいても罰金などはないため、長い年月かなり前の代の方の名義のまま残っているものも多く、もはや相続登記をしようにも収拾がつかなくなっている土地も多くあります。このような所有者不明土地を減らすべく、2024年までに相続登記の申請が義務化され、一定期間内に申告がない場合には罰金を科すなどの法改正が行われることになっています。
4.先祖名義の不動産と思っていたが違っていた
相続登記をすることになった場合、登記簿を調べた結果、自分の先祖の名義ではなかったというケースもあるかと思います。たとえば、先祖が不動産の持ち主から不動産を購入したものの登記手続きをしなかったというケースです。不動産会社を仲介として取引する場合にはこのようなことはまずありえませんが、昔の個人間売買(仲介業者を介さず自分たちだけで行う取引)であれば、お金を払うだけで終わらせていたというケースもあるため、たとえばAさんからBさんが不動産を購入して、ずっと長い間自分の所有物として使用してきたものの、名義は今でもAさんのものだったというケースです。
このような場合には、Bさんの相続人がいくら戸籍を集めて、遺産分割協議を行ったとしても相続登記はできないことになります。では、このような場合の救済方法はないのでしょうか?
民法には「時効取得」という制度が規定されています。「時効」という言葉は、刑法においてはよく聞きますが、民法においてはどのような規定になっているのでしょうか。民法における「時効取得」は、簡単に表現すると「一定期間自分のものとして使用し、誰もその権利を主張しないのであれば、その実際に使用する人の権利と認めても実質的に問題はないでしょう」という制度です。民法の条文には「20年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する(第162条1項)」とあり、続けて「10年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その占有時に善意であり、かつ、過失がなかったときは、所有権を取得する(第162条2項)」とあります。
2項は、1項と比較すると、「占有時に善意であり、かつ、過失がなかったときは」とあります。これはわかりやすく言えば「使い始めた時に自分のものと疑わず、またそう信じることに落ち度がなかった場合には」という意味で、その条件のもと10年間使用し続ければよいということになります。それ以外の場合、つまり「自分のものではないかもしれないな」と思いつつ使い始めた時は20年経過しないと自分の物にはならない(1項)、という意味です。ここでは、あえてわかりやすく「使用する」と説明しましたが、条文上の「占有」とは厳密には異なりますが正確に説明すると、余計に混乱を生じるため、イメージとしてそのようにとらえていただければと思います。
さて、このような条件で、時効取得をすることができるわけですが、先ほどの例でいえば、Bさんの相続人がAさんに時効取得を主張しようにもAさんもすでに亡くなっていることが多いためAさんの相続人を探さなければならないということになります。仮に、Aさんの相続人が見つかったとしても、Aさんが亡くなっている場合にはAさんの相続人に相続登記をする必要があり、そのあとにAさんの相続人から「時効取得」を原因とした所有権移転登記をしなければなりません。ただ、この場合に必ずしもAさんの相続人が協力してくれるとは限らず、むしろ協力を得ることはむずかしいので、裁判上の手続きを利用することになるかと思います。
すなわち、最初の原因が発生した時点での登記申請は極めて重要であり、これまでは罰金が科されなかったわけですが、後から大変な思いをしないようにすぐに登記手続きをされることをお勧めいたします。